【ポイント】
・令和3年度税制改正大綱の閣議決定を受けて、国税庁から「税務署窓口における押印の取扱いに関して」が公表され、税務手続書類は原則として押印が「不要」となりました。
・それでも押印が必要な書類とは。
・なかでも、「抵当権設定承諾書」と「遺産分割協議書」などが押印必要に。
目次
押印不要の先にあるものは行政のデジタル化
菅政権の肝いりの政策と言えばデジタル庁の創設。
安倍政権下から引き続いて、行政手続き全般においてデジタル化に向けた抜本的な見直しが進められています。そして昨年、河野行革担当大臣の発声によりさらにデジタル化へと一気に舵をきり始めました。その要因は新型コロナウイルスです。
新型コロナウイルスへの感染を防止し、このコロナ危機を収束させる観点からはテレワークを推進させることが当面の課題です。テレワーク推進のため、手続書類の申請・提出のオンライン化、押印の廃止または電子による署名化へと、一気にデジタル化を進めたいとの思惑です。
行政が、デジタル化を推進させることはユーザー(国民)の利便性をあげることにもつながります。
私はこの利便性を感じる機会がありましたのでその一例をあげてみます。
オンライン申請(ハンコ不要)におけるユーザーの利便性
利便性を感じたのは「特別定額給付金申請」の場面です。ハンコは必要ありませんでした。
この特別定額給付金。
長岡市は、昨年5月1日から受付を開始しました。そして、申請書類の不備がなかった人から順次同12日より給付金を振り込みますとのことでした。
私は、昨年5月2日にマイナポータルからオンライン申請し、まもなく、給付金は5月12日に振り込まれました。オンラインなのでもちろんハンコ不要です。
そして、翌日の朝刊にはこのような記事を見かけました。
「長岡市では5月12日から給付金の配布が始まった。長岡市によれば12日に給付が完了した世帯は800世帯ほどだという・・・。」(後にわかった事ですが、長岡市は、10万8千世帯ほどですので、800世帯というのは全体の0.8%ほどということになります。)
申請方法 | 受付開始日 | 支給開始日 | 押印 |
オンライン | 5月1日 | 5月12日 | 不要 |
郵送 | 5月25日 | 6月4日 | 必要 |
上の表のように、オンラインと郵送とで給付金を受け取るまでに3週間ほどの差があります。提出方法とチェックの仕方が異なることで支給までに要する時間にこんなにも大きな差があることがわかります。
給付金をくまなく国民へスピーディーに支給するプロセスにデジタル化は必須となります。同時に、行政サービスを受ける私たちにもデジタル化への心がまえ、準備が必要です。
このように、「書類への押印不要=署名の電子化」はデジタル化へ向けた取組みのひとつです。
それでも押印が必要な書類とは
ここから本題です。冒頭でも、行政手続きにおける書類への押印は原則廃止になったと言いました。
しかしそれでも、押印廃止とすることになじまないものがあり「押印がどうしても必要な税務関係書類」として残ったものがあります。それらをまとめたものが、各省庁ごとに公表されています。そのなかで税理士業務として扱う手続き書類を以下に一覧にしてみようかと思います。
(気難しい手続名が続くので流しながら見てください。)
手続名 | 押印が必要な書類 | 押印の種類 | 添付書類 |
換価の猶予の申請 | 抵当権設定登記承諾書 保証人の保証を証する書面 | 実印 | 印鑑証明書 |
相続税・贈与税の延納の許可 | 抵当権設定登記承諾書 保証人の保証を証する書面 | 実印 | 印鑑証明書 |
物納の許可 | 所有権移転登記承諾書 | 実印 | 印鑑証明書 |
物納財産の変更に係る 他の財産をもって 物納に充てる旨の申請 | 所有権移転登記承諾書 | 実印 | 印鑑証明書 |
物納撤回に係る延納の許可 | 抵当権設定登記承諾書 保証人の保証を証する書面 | 実印 | 印鑑証明書 |
相続税申告 | 遺産の分割の協議に関する書類 | 実印 | 印鑑証明書 |
特定物納の許可 | 所有権移転登記承諾書 | 実印 | 印鑑証明書 |
このなかで、私が携わったことのある2つの書類
「抵当権設定登記承諾書」
「遺産の分割の協議に関する書類」
について確認していくことにします。
押印を存続する方向で検討している行政手続(令和2年11月13日)
Ⅰ「抵当権設定登記承諾書」相続税の延納
相続税の延納申請
相続税は金銭で一時(納期限までに全額)に納付することが原則です。しかし、納期限までに全額を納付することが困難な場合には、延納申請書等を税務署へ提出し承認を受けることにより、年賦(年払いによる後払い)によって分割して納付することができます。
この年払いによる分割納付が延納制度です。
延納制度が適用できる税目は、相続税と贈与税になります。
このとき、分割して納付することができるようになった見返りとして国へ担保を提供する必要があります。
その担保として提供する財産が土地、建物である場合に下記の「抵当権設定登記承諾書」*1が必要となります。
*1抵当権とは、万が一納税者(延納申請者)が
相続税を支払えなく(債務不履行)なった場合に
土地や建物を担保とする権利のことです。
「抵当権設定登記承諾書」は、この万が一支払えなくなったときのための”カタ”として差し出すことを承知することを約束する書面です。
抵当権設定登記承諾書「抵当権設定登記承諾書」に実印を押し、併せて「印鑑証明書」を添付することになっています。担保に差し出す土地、建物は「別紙目録」として書面を作成し割印(実印による)します。
このとき「抵当権設定登記承諾書」だけではない
私が関わった延納申請では、この「抵当権設定登記承諾書」のほかにも、実印が必要になった書類がもう1枚あります。(たしか国税庁の様式集には載っていません。)次のような書類です。
担保として提供することになった(相続財産である)土地には昔から賃借権が設定されていました。すなわち貸地です。(貸地だとしても価値があるので担保として取り扱ってくれたという話でもあるのですが。)
そのために、「『私(延納申請する人)が払う税金について税務署との間で抵当権の設定をすること』を賃借人(土地を借りている人)は承知していますよ」という書面をつけるように税務署からお願いされました。この書類に実印を押したという経緯があります。おそらくこの書類についても今までどおり”押印”が必要になるのでしょう。
土地を借りている人にとって「土地を貸している人(延納申請する人)がある日突然、税務署(国)になる」なんてことをあらかじめ含んでおいて下さいねという趣旨なのだと思われます。
Ⅱ「遺産分割協議書」相続税
相続税では、相続または遺贈(遺言により財産を譲りうけること)により財産を取得した配偶者に対しての特例措置があります。
配偶者が相続等により取得した財産に係る相続税のうち、その取得した財産が1億6千万円(または、配偶者の取得した財産が全体の財産の半分)までに対応する部分の相続税が軽減される規定です。
この規定の適用を受けるためには、だれがどの財産を取得したかを明確にした遺産分割協議書*2を相続税の確定申告書に添付することになっています。この遺産分割協議書には実印を押印します。遺産分割協議書には印鑑証明書を添付することになっています。
*2遺産の分割協議とは、相続が発生した場合に共同相続人全員で遺産の分割について話し合い、合意することです。
さいごに
このように、①国が納税者の財産権に大きく影響を及ぼしたり(抵当権の設定)、②共同相続人の真意に基づき成立する遺産分割協議の内容は、相続税額の計算に多大な影響を与える(財産の取得者に適用される特例制度が異なる)という重大な局面で、担保としての役割を持つ”押印行為”があるということなのでしょうね。
【編集後記】
今日は感染対策をとりながら、自宅から至近のスキー場へ。3th娘が今週から学校でスキー授業が始まるというのでそれならばと向かいました。親子そろって2シーズンぶりのスキーなのでまずは歩くことから…..です。