財産を移転する時期が選択できる今のうちに贈与の実行を~上場株式編

財産を移転する時期が選択できる今のうちに贈与の実行を~上場株式編

【ポイント】
・現行の税制は財産移転の時期を選択できる。
・資産を贈与するのにふさわしい時期とは。
・贈与税は「暦年課税」と「相続時精算課税」の選択制
・いま、政府税調で審議されている”資産移転の時期の選択に中立的な税制”とは。

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2020年株式相場の変動は

2020年もあと2週間あまり。

今年の株式相場の変動をさらりとふりかえってみます。

 株式相場に関して本日(12月11日)の終値は26,652円。
 2020年が終わってみないと総括できませんが、12月11日現在では2020年の年初の始値23,319円から14%増となっています。
 今年3月19日に終値が6年ぶりに安値を更新したかと思えば、今月には29年ぶりの高値を付けました。

 

2020年日経平均相場の変動 日経平均プロフィルより引用

 
12月11日現在では、
2020年最高値・・・12月9日・26,817円(1991年以来の高値)
2020年最安値・・・3月19日・16,552円(2014年以来の安値)
(いずれも終値ベース)
となっています。

 新型コロナウィルスが世界的に蔓延し感染が拡大し始めたことで、工場の生産能力低下への懸念、サプライチェーンや流通網が遮断することによる供給面への影響の懸念から株価の下落につながったと言われています。

 しかし、その後は上図のとおり株価は堅調に推移しています。
 とても深刻な実体経済を表しているとは思えず、相対的な何か別の指数の影響を受けているのだろうかとしか言えないところが率直な感想です。

 

贈与の実行前に贈与税額の計算を済ませましょう

 仕事柄、この株式相場の短期的な下落から副次的にもたらされる業務の依頼が少なからずあります。

それは、

・生前贈与の実行による相続税対策
・自社株評価への対策(~非上場株式編で投稿します)

です。

例えば、

Ⅰ .高齢であるクライアントAさんは、上場株式の数銘柄をおよそ1億円所有している。
Ⅱ .Founder(ファウンダー)であり筆頭株主でもあるクライアントBさんは、十数年にわたり会社経営にたずさわってきた。現在の会社の株式の評価額は5億円。Bさんの持株(議決権)割合は80%なので実質4億円の株式を所有している。(~非上場株式編で投稿します)

などといった場合です。

 Aさんは自分の所有している株式を将来の相続人Xさんへ、Bさんは自分の所有している株式を後継者のYさんへ今から早めに移していきたいと考えているとします。

 このまま所有し続けるとこれらの財産には相続税がかかり、相続税額が多額になることを恐れての考えです。

 相続税は、AさんやBさんが「亡くなった時」に所有している財産に対して課税されます。極端な話、亡くなるときに所有していない財産(1週間前に売買契約済の土地など*1)に対しては課税されません(生前贈与加算適用財産や精算課税適用財産などの一部の規定を除いて)。
*1土地には課税されなくても土地売買代金の請求権(未収入金)が相続財産となります。

 相続人や後継者は必ずしもたくさんの「お金」を持っているとは限りません。これら数億円もする財産をXさんやYさんから多額の「お金」を出してもらい買い取ってもらうわけにはいきませんし、それは現実的ではありません。

 そこで考えられるのが「贈与」です。贈与は、民法549条に規定があります。

民法第549条

贈与は、当事者の一方がある財産を無償で相手方に与える意思を表示し、相手方が受諾をすることによって、その効力を生ずる。

・「無償」とは、”お金のやりとり”をしないということです。
・「贈与」は意思を表示し相手方が受諾するという行為で成立します。
・書面を作っていなくとも有効です(書面を作るのが望ましいですが)。
・贈与税は、相手方(財産を譲り受けた人)が負担をします。
 この点、財産分与による財産(金銭以外の財産)の移転には、財産を譲る人が所得税の納税義務を負います。

 そして、財産を相続人や後継者へ贈与したいと考えた場合に、セットで考えなければいけないのが贈与税です。 

 むしろ、贈与税がかかるので(贈与をしない)、贈与税が思ったほどにかからないので(贈与をする)といった思考過程になるのではないかと思います。

 贈与を実行する前に贈与税の負担がいくらになるか(税額の把握が困難で難しい場合は税理士に相談して)、必ず確認するようにしましょう。

国税庁HPタックスアンサーNo.4408 贈与税の計算と税率(暦年課税)

 

財産を贈与する時期としてふさわしい時期とは

 贈与するには贈与税がかかりますから、できるだけ贈与税を少なくするように考えます。そのために、いつ移転させる(動かす)のがいいのか考えるわけです。

 贈与する財産の大きさに比例して贈与税額がかかってきますから、株価の低いときに移転させた方が基本的に贈与税額は少なく計算されます。

財産評価基本通達169(1)

 上場株式は、その株式が上場されている金融商品取引所が公表する課税時期(相続又は遺贈の場合は被相続人の死亡の日、贈与の場合は贈与により財産を取得した日)の最終価格によって評価します。

 ただし、課税時期の最終価格が、次の三つの価額のうち最も低い価額を超える場合は、その最も低い価額により評価します。

1.課税時期の月の毎日の最終価格の平均額
2.課税時期の月の前月の毎日の最終価格の平均額
3.課税時期の月の前々月の毎日の最終価格の平均額

財産評価基本通達169(1)

国税庁HPタックスアンサーNo.4632 上場株式の評価

 ここで一つの事例です。

(1)AさんはT会社株式500株を含めた上場株式をおよそ1億円所有していた。
(2)Aさんが所有するT株式500株(所有するT株式の全株)を平成26年3月19日(T会社株価16,552円)に長男のXさんへ贈与。
(3)令和2年12月9日(T会社株価26,817円)にAさん死亡。相続人はXさんのみ。

とした場合に、(2)の贈与をするかしないかでT株式の出口での税負担(贈与税または相続税)がどれくらい異なるか。
*T会社の課税時期の最終価格を、財産評価基本通達を適用して採用したT会社株価とします。

 

(2)の贈与を・・・するしない差異
 財産の移転日
・課税時期 
贈与日
2015年3月19日
死亡日
(2020年12月9日)
T株式の価額8,276,000円13,408,500円5,132,500円
贈与税(3/19)

相続税(1/9)
1,252,800円
 
 

 
4,022,500円*2
2,769,700円
*2相続人が1人である場合(基礎控除3,600万円)のT株式に対応する相続税額を計算

 T株式を所有したまま死亡した場合、相続財産は合計で1億円となり、そのうちT株式の死亡日現在の株価26,817円に対応するT株式の相続税額は4,022,500円です。

 一方、平成26年3月19日に推定相続人にT株式を贈与した場合の贈与税は当日の株価16,552円に対応する1,252,800円です。

1,252,800円<4,022,500円となり、Aさんの死亡時にはXさんの名義になっていますから相続財産でなくなっただけでなく、贈与したほうが評価が低く税金が少なくなります。

 相続税は、死亡した日を財産移転の基準日としていることから死亡日(移転日)は選べません。

 一方、贈与税は、希望の日に贈与契約をすればよく当事者同士で合意したい日(移転日)を選べます。

 先ほどの民法の規定にあったように、贈与は、日を選んで一方が意思を表示し他方が受諾することで成立するからです。

 贈与は 評価の時期 を自分の意思により選べるが、相続は 評価の時期 を選べない」・・・。これは、資産移転の時期を考える際のセオリーとなりますのでよく覚えておいて下さい。

国税庁HPタックスアンサーNo.4402 Q2贈与を受ける財産の取得時期

 

”資産移転の時期の選択に中立的な税制”の構築とは

 現行税制では、贈与税は「暦年課税」と「相続時精算課税」との選択制です。

暦年課税贈与税の特徴

 暦年贈与税は、相続税の超過累進税率による課税の回避を防止する観点から相続税より重い税率構造となっています。
 しかし、相当多額な相続財産を有している場合には、相続財産に課税されることとなる一番上の税率を下回る水準まで財産を分割し、贈与することで相続税の累進負担を回避しながら生前に多くの財産を移転することが可能となっています。

 また、相続開始前3年以内に被相続人から相続人等が暦年贈与により取得した財産は、相続財産に加算し(相続に取り込まれる)相続税を納付することになっています。(贈与時に納付した贈与税は相続税から控除されます。)
 このことから、被相続人から贈与により取得した財産が”相続開始前3年を超えた”財産は、相続財産との関係において遮断されることになります。

二つの贈与税制度における中立性

 一方、相続税と贈与税の一体課税が可能となっている「相続時精算課税」は、贈与財産を相続時に取り込む(相続時に精算する)という意味で”資産移転の時期の選択に中立的”である(具体的には贈与時の評価となりますが)ということができます。

現行税制では、「相続時精算課税」は「暦年課税」との選択制ですので、

相続時精算課税=中立的
暦年課税=中立的でない

ということがいえます。

 贈与と相続の関係について、一定年数が経過することにより遮断することを選択できる現行税制度は、欧米主要国をみわたしてもわが国だけです。果たしてグローバルスタンダードの方向へと議論が進んでいくのか、注意深く議論を見守っていく必要があります。

 令和元年9月26日から政府税制調査会において議論が開始された ”中立的な構築” の検討は、今年11月13日の総会においても取り上げられ、今後さらに議論が深まっていくことが予想されます。次回の総会は年明けに行われます。 また、動向がわかってきましたら本ブログでも取り上げていきたいと思います。

 

【編集後記】

ようやく・・・スタートラインに・・・。